高松高等裁判所 昭和50年(ラ)3号 決定 1975年3月31日
抗告人
中野産業株式会社
右代表者
中野栄一
右代理人
近石勤
相手方
中野豊
主文
原決定を次のとおり変更する。
抗告人会社の株式の昭和四六年五月三日における一株の価格を金九四〇円と定める。
原審及び当審における本件手続費用のうち、鑑定費用金一五〇万円を抗告人会社の負担とする。
理由
一抗告代理人は、「原決定を次のとおり変更する。抗告人会社の株式の昭和四六年四月三〇日における一株の価格を金一二七円と決定する。本件手続費用のうち鑑定人に支給した鑑定料金二〇〇万円を相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由として主張するところは、別紙抗告の理由(追加分を含む)に記載のとおりである。
二よつて一件記載にもとづき検討する。
(一) 抗告人会社の株主である相手方は、商法三四九条所定の手続を経て、抗告人会社の株式譲渡制限のための定款変更決議に反対し、昭和四六年四月三〇日新居浜郵便局受付の書面をもつて抗告人会社に対し自己の有する株式の買取請求をなし、同書面は、遅くとも同年五月三日抗告人会社に到達した。しかし抗告人会社と相手方との間に買取価格についての協議が調わなかつた。ところで、抗告人会社の株式は、非上場であつて、店頭取引も行われておらず、いわゆる取引相場のない株式である。
(二) 取引相場のない株式について、買取請求により成立する売買の価格は、抽象的には買取請求の意思表示が相手方に到達した時における株式の客観的交換価値ということになるが、その金額的な把握確定は甚だ困難であつて、できる限りその客観的交換価値を適正に反映した近似価格を評定する以外に方法がないところ、具体的な算定基準を定めた規定は存しないのであるから、理論的操作によりこれを定めるほかないが、株式価格の算定方式としては、従来から大別して純資産価格法、資本還元法及び類似会社比準法が挙げられている。
抗告人会社は、その株式価格の算定について純資産価格法は妥当せず、類似会社比準法によるべきであると強調し、原審が純資産価格法と類似会社比準法を併用し、且つ前者により算出した価格に、後者により算出した価格の二倍に相当する比重を置いて株式価格を算定したことを不当である旨主張する。簡単にいつて、純資産価格法とは、評価対象会社の純資産価値にもとづいて、一株当りの価格を算出する方式であり、類似会社比準法とは、類似業種の上場会社の株価、一株当りの配当額、年利益額及び純資産額に、それぞれ比率割合による修正を加えて、評価対象会社の一株当りの価格を算出する方式であるが、そのいずれの方式をとるか、或はまた両方式をどの程度に併用するかは、当該会社の実体を離れて、その是非を論すべきものではないから、先ず抗告人会社の実体について、考察する。
(三) 原決定も説示するように、抗告人会社は、昭和二四年九月三日に設立された株式会社であつて、本件買取請求時には、資本金の額が一五〇〇万円、発行済株式総数一五万株、総て額面普通株式で一株の金額は一〇〇円であり、その営業目的は、(1)製紛、製麦、製麺業、(2)米、麦、小麦紛、雑穀、飼料、その他食料品の賜売業、(3)倉庫業、(4)不動産賃貸業、(5)以上に附帯する一切の事業である。これら多岐に亘る事業の販売高の構成割合は、昭和四五年及び同四六年の平均で米卸売46.1%、飼料販売29.2%、製紛20.1%、その他が4.6%であるから、営業の中心が、米と飼料の卸売と製紛(加工)にあることは明らかである。抗告人会社は、その後増資により資本金を四五〇〇万円とし、営業を継続しているが、創業者中野鶴一とその一族が全株式を保有する典型的な同族会社であり、相手方も中野鶴一の三男であつて、昭和四四年度まで抗告人会社の常務取締役の地位にあつたところ、昭和三九年ころから発生していた中野鶴一保有株式の分配をめぐる兄弟間の内紛も一因をなしていたと思われるが、爾来抗告人会社の営業には全く関与していない。
(四) さて、前叙の類似会社比準法においては、類似業種の会社の株価が、その会社の前掲諸要素の評価を主たる契機とし、市場取引において現実に形成されたものと一応言えるであろうから、評価対象会社の同じ要素を類似会社に比準したうえ、両者の株式の市場流動性を勘案した修正を施して得た価格は、評価対象会社の株価の評定として、一つの重要な指標を提供するものであることは疑いない。しかし、実際には比準のもとになる諸要素の類似する業種の選定は甚だ困難と思われる。現に原審における鑑定の結果によると、同鑑定が採用している類似業種比準法では、類似業種四社の平均値を使用するなど苦心の跡が窺われるけれども必ずしも十分なものとはいいきれない。のみならず株式の価格形成の要因も右に掲げた諸要素に限定されるものとも断定し難い。
他方、買取請求当時の抗告人会社における相手方の立場は、前認定の如く非支配株主の範疇に属するといえようが、同族株主であることに変りはないうえ、抗告人会社は株式の譲渡制限をした閉鎖的会社であり、会社としての規模も常識的にいつて未だ中程度の域を出ていないことを考慮すると、相手方が有する株式は、抗告人会社の純資産価値を反映した価値を帯有しているものと解するのが相当である。
そうだとすれば、相手方が有する株式の価格決定にあたり原審及び原審の判断の基礎となつた前掲の鑑定が採用した類似会社比準法と純資産価格法を併用する考え方自体は、合理性あるものとして肯認できる。しかし原審は、両方式を併用して株式価格を決定するにあたり純資産価格法により算出した価格に、類似会社比準法による算出価格の二倍の比重を置き、また前掲の鑑定においても同様の見地から純資産価格法により算出した価格にプラスの修正を施すのであるが、かかる方式は、営業を継続する株式会社における投下資本の回収方法が株式の譲渡以外にないことなどを考慮すると、純資産価値を重視しすぎるものというほかなく、未だ十分な合理性ある理論的根拠を有するものとは解し難く、このことと前認定の抗告人会社の実体を勘案すると、前記両方式による算出価格の平均値をもつて、抗告人会社の株価と解するのが相当であると考えられる。
(五) この見地において、抗告人会社の株価を検討するに、前掲の鑑定結果によると、純資産価格法により算出された抗告人会社の株価は一株当り一七五四円(但し、円未満切捨)であり、類似会社比準法によるそれは一株当り一二七円(但し、円未満切捨)であることが認められる。すると右両者の平均値は九四〇円(但し、円未満切捨)である。したがつて、相手方の買取請求の意思表示が抗告人会社に到達したと認められる前記昭和四六年五月三日の時点における抗告人会社の株式の価格は、一株当り九四〇円と解すべきである。
三以上の理由により、抗告人会社の株式の昭和四六年五月三日における一株の価格は、これを金九四〇円と定めるべきである。なお、原審は、相手方の申立にもとづき、昭和四六年四月三〇日の時点における株式の価格を定めるのであるが、前認定のように買取請求の意思表示が抗告人会社に到達したとみるべき同年五月三日に売買成立の効果が生ずるのであるから、この時点を基準として株式の価格を定めるべきである。このことは、相手方及び抗告人会社が同年四月三〇日付で株式の価格の確定を求めていても、申立としての同一性が認められるのであるから、右の判断に消長を及ぼすものではない。
よつて昭和四六年四月三〇日における一株の価格を金一二一二円と定めた原決定は不当であるから、右のとおり変更することとし、本件手続費用の負担につき非訴事件手続法二六条、二七条に従い、主文のとおり決定する。
(村上明雄 石田真 辰巳和男)
抗告の理由
(一) 原決定は、株式価格の決定にあたり、一株当りの純資産額に重点を置いたが、次のとおり不当であり、結局、類似業種会社との比較でもつて決定するいわゆる「類似業種会社比準方式」を用い、一株の価格を金一二七円と決定すべきである。
(1) 純資産額に重点をおく、いわゆる純資産価格方式は、会社の解散とか清算を前提とするものである。継続事業体としての会社の純資産は、会社自体のものであつて、株主は現実の配当のみが価値反映とみるべく、株主個々が、純資産に持分を有するとみるのは、観念論に過ぎる。会社収益が増加し、内部留保が増加しても、それを、直ちに、株主に還元するという法的義務はなく、ただ、会社の経営基盤を強め、今後の収益力の向上に、つまり、配当増加の動因として貢献せしめるのである。しかして、本件の場合、純資産価格方式を採用することは、極めて不当である。
(2) 抗告会社は、昭和二四年に設立されて以来、その業績は順調に推移し、昭和四一年以降に限つてみると、昭和四四年に主力工場の火災による損失計上のため無配となつた以外は、配当を継続し、安定した収益を得て存続し、今後も継続が予定されているものであり、解散とか清算とかの問題は、全く予想され得ないものである。
(イ) 因みに、昭和四五年度の売上高をみると、二、一四〇、三八七千円に達しており、類似業種の中会社の域を超えている。
(ロ) また、純資産においても、九〇二、九九七千円と評価され、類似業種の中会社を超える規模である。
以上の如く、抗告会社は、その営業成績が順調で、黒字続きの会社であり、その規模も類似中会社の域をこえ、将来永続し、解散などの全く考えられない事情からしていわゆる類似業種会社比準方式により、株式の価格が算定されるべきものである。
(3) ところで、鑑定人の鑑定の結果によれば、類似業種会社比準方式によつて算定した場合、金一二七円二二銭となるというのであるから、金一二七円をもつて、一株の価格とすべきものである。
(4) しかるに、純資産価格方式に類似業種会社比準方式の二倍に相当するウエイトを置いて評価した原決定は、全くその合理性を欠き、いわゆる列島改造ということで、異状なまでに騰貴をみせた田中内閣成立当時の土地価格を重視し、それにひきずられた思考態度というべく、最近のいわゆる国土法による土地利用計画のもと将来土地の価格と価値が、どのように評価されるべきかという将来の展望からみると、昭和四六年四月当時の価格の決定とはいうものの、とうてい肯首出来ないのである。
(二) 仮りに、純資産評価方式と類似業種会社比準方式とを併用するのが妥当と認められるとしても、原決定とは逆に、類似業種会社比準方式に純資産評価方式の二倍の比重(ウエイト)をおいて評価するのが相当であり、仮りにそうでないとしても、少くとも、類似業種会社比準方式と純資産評価方式とを同じ比重(ウエイト)をもつて評価すべきである。
(三) 原決定は、鑑定費用金二、〇〇〇、〇〇〇円について、抗告会社にのみその負担を命じたが、これは、明らかに、訴訟費用敗者負担の原則に反し、何ら合理的理由がない。本来、相手方に全額の負担を命ずべきものと考えるが、仮に、然らずとしても、それを三分し、その一を抗告会社に、その二を相手方に負担させるのが相当である。
(四) よつて、抗告の趣旨記載の裁判を求める。
抗告の理由(追加分)
一 取引相場のない株式は、その株式を取得した者が、発行会社の同族株主であるか、非同族株主であるかの別およびその株式の発行会社の規模が、大会社、中会社または小会社のいずれに該当するものであるかの別によつて、評価の方法を異にするとされている。
二 株式の発行会社が、大会社、中会社または小会社のいずれに該当するかは、その株式買取請求時の資本金、直前期末の総資産価額および直前期末以前一年間の取引金額によつて判定されており、その判定の基準は、別表(一)のとおりである。
三 同族株主の取得した株式は、大会社は類似業種比準方式、小会社にあつては純資産方式、中会社にあつては大会社の評価方式の小会社の評価方式との併用方式、つまり、類似業種比準方式と純資産方式の二つの方法を、それぞれ加味して、評価するものとされている。この関係は、別表(二)のとおりである。
四 ところで、抗告会社は、昭和四五年度の売上高は二一億円を超え、昭和四六年四月三〇日頃の純資産においても九億円を超えることからみて、中会社の域を超え、大会社に入ることは明らかである。
五 してみると、抗告会社の株式価格を決定するには、類似業種比準方式を採用すべきものである。
別表(一)
規模区分
区分の内容
直前期末における総資産価額
(帳簿価額によつて計算した
金額)
直前期末以前一年間における取引金額
大会社
課税時期における資本金一億円以上の会社または右のいずれか一に該当する会社
卸売業
一〇億円以上
五〇億円以上
卸売業以外の業種
五億円以上
一〇億円以上
中会社
課税時期における資本金一億円未満で右のいずれか一に該当する会社
卸売業
五千万円以上一〇億円未満
一億五千万円以上
五〇億円未満
卸売業以外の業種
三千万円以上五億円未満
六千万円以上
一〇億円未満
小会社
課税時期における資本金一億円未満で右のいずれにも該当する会社
卸売業
五千万円未満
一億五千万未満
卸売業以外の業種
三千万円未満
六千万円未満
別表(二)
会社の
規模
株主の
区分
同族株主の所有株式
非同族株主の所有株式
大会社
類似業種比準方式
類似業種比準方式と配当還元方式との
併用方式
中会社
類似業種比準方式と純資産価額方式との
併用方式
配当還元方式
小会社
純資産価額方式
(以上帝国行政学会発行・国税庁資産税課編・再訂財産評価の実務一六八頁以下による。なお、大阪地裁昭和四三年九月二六日下級民集一九巻九号三四頁参照)